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安全性を最優先させた自然素材の住まい

[ 鎌倉市・鳶見の家 設計:泉幸甫 施工:高棟建設工業 ]


長年シックハウスに夜体調不良に悩まされ、転居を繰り返してきた建主。
化学物資を含まない清浄な空気に包まれた住まいを求めて、
建築家の泉幸甫さん、面倒見のいい工務店と二人三脚の家づくりが始まった。



新建築や塗料に含まれる化学物質に敏感に反応


古都・鎌倉の閑静な住宅街にある鳶見(とびみ)の家。ざっくりとした黄土色の外壁を豊かな木々の緑が包み、
今年完成したばかりとは思えないほど街並みに馴染んでいる。

建主夫婦がこの家を建てる事になったのは、奥さまが住んでいた家に健康を脅かされるという切実な事情からだった。
20代の頃から化学物質過敏症にかかり、症状が思いときには目が霞んで足を動かすのもやっとの状態。
病名がわかるまでは症状に悩増されるだけでなく、周囲の無理解にも悲しい思いをしたという。
「特に体が反応して症状が出やすいのは、新建材を使った建売住宅の臭い。近所で塗装工事をしている時も窓を閉め切っていないと辛くなります」と奥さま。
体調が悪化した8年間だけでも5回引っ越しをしたが、既存の住宅ではやはり不具合が起こる。
そこで、「安全な自然素材だけを使って、家の中で安心して呼吸ができる住まいを建てたい」と、かねてからのファンだった建築家・泉幸甫さんの門を叩いた。

左:玄関脇にあるご主人の書斎。曲線を描いた入り口は茶室に用いられる火灯形の給仕口をイメージしたもの。
中上:端正な印象の縦格子が訪問客を迎えるポーチ。柱の奥には買い物の荷物を置いたり腰掛けラれるベンチを設置。
中下:駐車場には日本庭園などに見られる意匠の一つで、小石を1,2,3と埋め込んだ一二三石(ひふみいし)があしらわれている。
右:穏やかな陰影をつくる大磯洗い出しの玄関土間。


建築家にとって、自分の作風を気に入った建主から設計の依頼がくるほど嬉しい事はないだろう。
だが、自然素材による家づくりが手の内に入った泉さんでさえ、奥さまのように症状が重いケースは初めて。
「満足してもらえる家をつくれるかどうか悩んだ」と言う。
幸いなことに、泉さんは「チルチン人地域主義工務店の会」とのネットワークを持っており、
その会員社でこの家のある神奈川を営業エリアとする高棟建設工業が担当することになった。
この会社は創業100年を数え、親子3代にわたる顧客を持つ老舗。
安全な自然素材や国産の産直材といった素性のわかる材料を用いて、シックハウスになりにくい家づくりを行っている。
他方では時代の要請に応えて品質システムの国際規格ISO9001に則った生産工程を取り入れるなど、伝統と革新性を併せ持った地域密着型の工務店だ。

一方、50代を迎えて家を新築する建主には、心地よい暮らしに向けての要望がいくつかあった。
将来、足腰が衰えても1階だけで生活できるプラン、母親の残した膨大な蔵書と着物、食器を収めるのに十分な収納、
着物の着付けをする寝室を兼ねた和室、そして夫の書斎だ。

出来上がった設計図を見ると、1階の中央には背骨のように建物を貫く廊下があり、その南側に一段上がった続き間の和室、
北側にダイニング、キッチンと水まわり、収納、書斎が並んでいる。2階はタンス置き場の予備室とトイレのみで、廊下の天井の一部には天窓が設けられている。
「この家では京の町屋のように、廊下を通り土間に見立てているんです。天窓が土間の明かり採りと言うわけ」そう泉さんは説明してくれた。

左:手前から寝室、座敷、小間が並ぶ三間続きの和室。壁はさび土に藁すさを混ぜて塗り、金コテで仕上げた。
  建具は新潟の職人が栗駒山麓の杉で製作、障子は楮だけでつくられた奥秩父の和紙を使っている。畳は無農薬のイ草を使った九州の
  [健康畳・上田]のもの。
右:左側に並ぶ和室と右側のダイニング・水まわりの間を長い廊下が走る。これは町屋の通り庭をイメージしたもの。
  暗くなりがちな家の中央を天窓からの光で明るく照らしている。和室は入り口に式台を設け、廊下よりも床を一段高くした。


自然素材でもダメなものがある
無垢板や畳との相性を個別に試す



この家づくりでは、使われる材料の安全性が何よりも最優先された。
入手先はどこも高棟建設工業代表の高橋正成さんが産地に赴き、つくり手とのコミュニケーションを大切にしているところばかりだ。
構造材の杉は、植林・伐採から乾燥、製材、プレカットまでを一貫して自社で手がける山長商店のもの。
和室の天井材や造作材は宮城県栗駒山麗の乾燥材。床材に使われた秋田産の杉板は、出荷時に薬剤処理をしていない証明書が発行され、
いずれの材も生産・流通履歴が確認できる。
その他にも、無農薬のイ草を使った九州の健康畳。楮(こうぞ)100%で作られ、化学繊維を含まない奥秩父産の和紙などが厳選された。

しかし、製品テストで安全性が高いと評価された自然素材であっても、人によっては思わぬ症状を引き起こす場合もある。
そこで、使う材料一つひとつを奥さまの枕元に置いて一晩一緒に過ごし、臭いに反応しないかどうか確かめてもらったそうだ。
この辺りの細やかな心配りは、小まわりがきく地域密着型の工務店ならではの良さだろう。
提案された材料の大部分は問題なかったが、接着剤に難があったため、木部には膠(にかわ)を主原料とするホルムアルデヒド放散ゼロの天然接着剤を使用。
建具には、うどん粉を練ったでんぷんのりを使っている。

天窓から光が差し込む室内は雨の日でも明るく、この家に住むようになってから、奥さまはずいぶん気持ちが前向きになったと微笑む。
「これでやっと安心して暮らせるという思いと、この先、体調も良くなっていけそうかな、という期待感が持てるようになったんです。
それに望んだ建築家に建ててもらい、そこで毎日暮らせるのはとても幸せなこと。そのパワーに元気づけられているのかもしれませんね」そう笑顔で話してくれた。

左:泉さんによれば「鎌倉の街並みが美しく見えるのは、道路と建物の間に奥行きをもたせているから。
  それに倣い、鳶見の家も道路境界線から3m後退させました 。外壁面も背景として緑が映える植栽の配置にしています。」
右上:寝室の外に延びる濡れ縁には、水に強いイペ材を使用。


[チルチンびと別冊No.41 2007.10月号より ]

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