掲載「蔵の移築で叶えた古いものに囲まれる暮らし」

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古民家に住みたい・・・。
20年来の思いを叶えるため、一目見て気に入った山形のの古い蔵を移築した建主。
実現を助けたのは100年以上の歴史を持つ地元の工務店だった。


古都鎌倉の一角に、移築した蔵で建てた家が堂々と佇む。大きな鉄製の玄関扉から一歩入ると、ほの暗い土間が広がる。暗がりの中、つやめくのは箱階段。その美しさに目を奪われる。リビングと土間を仕切る格子戸と欄間から漏れる光。繊細で格調ある雰囲気だ。

力強く梁をくぐった先の小上がりになったリビングには、陰翳礼讃の世界から一転して、光溢れる空間が広がっていた。古いものに囲まれて不思議な懐かしさを覚えるとともに、一つひとつに宿る歴史を肌で感じる。

左:磨き抜かれた美しさを放つ箱階段。玄関から土間に入ると存在感に圧倒される。引き出しは奥行きが長くたっぷり収納できる。
右:しっとりした北鎌倉の風景に合う外観。杉の下見張りの壁が印象的。押縁は大工が丁寧に施工した。

kさん夫婦の共通の趣味は、古民家や古家具集め。こうして蔵を移築して住んでいるのは、そもそもご主人が20年以上も前から古民家に住みたいと思ってきたことに始まる。偶然行き着いたのが、古民家を譲りたい人と住みたい人を結びつける「古民家ライフ」のホームページ。掲載されていた山形の蔵が気になり、見学を申し込んだ。蔵を初めて見た時の印象を「想像以上。圧巻でした」と語るご主人。この蔵は客をもてなすための「座敷蔵」と呼ばれる山形特有の形式の蔵で、100年以上前に建てられた。物を保管する一般的は蔵とは違い、建具や箱階段など細やかにつくりこまれている贅沢な造りだった。



リレーでつなぐ移築計画

一目みて虜になったその蔵を鎌倉へ移築できるだろうか?ご主人の夢を叶えるため、リレーのバトンは「古民家ライフ」から高棟建設工業に渡された。同社の高橋正成社長は明治30年に始まる工務店の四代目。その伝統大工技術だけでなく、古材を扱った家もお手のものだ。

ご主人が一番大事にしたいのは「できるだけこのままで」ということ。現場監督の大木さんや高棟の大工たちはその思いを汲み取り、ほぞ穴や傷も隠さず味として残すことを選んだ。人の手で加工された古材の味わいは格別だが、取り扱いには経験を重ねた大工が欠かせない。建っていた元の土地の気候から傷み具合を想像して使える材の幅や長さを現場合わせで水平垂直をとっていくこと。そんな古材との駆け引きに対して「作業している時は大変だけど、できてしまえば苦労も吹き飛ぶよ」と大木さんは笑う。根をつめる作業の一方で、釘隠しをボルト隠しとして使う遊び心も。設計者も大工も苦労を楽しみながら家づくりを進め、”蔵の家"は完成した。

左上:「夏は土間を開け放して食事をするのが楽しみ」と奥さん。ご主人憧れの薪ストーブで冬も暖かく快適に。
左下:光溢れるLDK。持っていた掘り炬燵の天板の大きさが合わなかったので、蔵のケヤキを継ぎ足した。
右下:キッチンカウンターの腰壁には床材を活用。各地で見つけた古家具が並ぶ。

「日本の優れた建築を次の世代に残したい」と語る高橋社長。手間暇かかるけれど、それでも高棟建設工業が古材を使う理由は、いいものを残し鎌倉の風景に合う景観をつくりたいという思いから。老舗工務店の技術で叶えられた蔵を移築した住まい。古き美を愛する建主とともにこの地に根づき、新たな時を刻み始めた。

左上2点:立派な牛梁が貫く2階。敷地に納めるため長さを中央で1間短くした。
右上:子供室。学習机と椅子も古家具で家に馴染む。
下左から:蔵に残っていた照明。乳白色のガラス越しに温かな光を灯す。:解体時に付けた部材の位置を示す札。
中左上から:大工のアイデアで違い棚の装飾をテレビ台にあしらった。:釘隠しをボルト隠しに。
:蔵に残っていたアイロンと木製の箱枕をインテリアに。
中下:リビング・ダイニングから箱階段を見る。
右:モザイクタイルの洗面台。

[チルチンびとNo.80 2014.6月号より]

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